YMCC
REPORT23

2010年プロジェクト

by O野寺

2010年プロジェクト

【基本データ】
クラブラン実施日: 2010年10月9~11日
クラブラン名称: 2010年プロジェクト 紀伊半島・十津川村サイクリング
コース概略: 1日目:天辻峠 → 上野池 → 川津大橋 → 杉清
2日目:杉清 → 川津大橋 → 最高地点 → 十津川温泉
3日目:十津川温泉 → 熊野本宮大社 → 日足地区 → 新宮・速玉神社 → 新宮駅
集合場所: 近鉄橿原線 大和八木駅
クラブラン担当者名: O野寺
レポート担当者: O野寺、N久、S石
参加者(敬称略): N沼、N久、S石、O湖、K又、O野寺 6名
天候: 1日目:雨
2日目:曇りのち晴れ
3日目:晴れ

2009年のYMCCプロジェクトは「鳥海山」であった。その帰路次回の話に及んだが、その中で出されたのが紀伊半島・十津川村であった。しかし調べれば調べるほど二泊三日でのスケジュールではきびしいことがわかった。しかし一部区間をバス利用することによって今回実施に至った。

10月9日(土) 今回天気の心配はいらない。降るか、降らないかではなく「必ず降る」のである。奈良県内は本日から明日にかけて高い降水確率となっている。幸い家を出てから最寄駅に着くまでは降られずにすんだが新幹線に乗り京都に近づくにつれ窓の外に流れ落ちるものが見えるようになってきた。

京都で新幹線から近鉄に乗換、11時すぎ大和八木駅に到着。ほどなくしてS石さんとも合流し、ここで全員集合である。バスの発車時間が近づきちょっと小ぶりな新宮行き特急バスが二番乗り場に到着した。ここで運転手から衝撃的な言葉を聞く。「昨日からの雨のため途中で運転取りやめになる可能性がある。それを承知で乗車ください。」とのことである。まるで飛行機なみの条件付発車である。車内後部の席に輪行袋6台分を積み込んだバスは予定通り発車した。

発車した新宮行き特急バスは快調に進むが、雨脚は衰える様子は無い。五條バスターミナルでトイレ休憩。「連続降雨量110mmで運転中止のところあと4mm残すのみ」との運転手談であるが、「一旦止めば連続降雨量はリセットされる」とのこと。しかし雨は止みそうもない。再度発車して天辻峠に近づくといよいよ雨脚は強くなっていつ「運転中止」が宣言されてもおかしくない状況である。しかしこの運転手どうも話好きである。前席のお客様に手で指し示しながら何やら一生懸命説明をしている。狭く急カーブが連続する道路でも右や左を指し示しながら熱心に案内をしている。聞くところによるとこの路線で無口な運転手は少ないそうである。

説明熱心な運転手さんのおかげで無事上野地(うえのじ)に到着。ここには有名な谷瀬(たにせ)の吊り橋がありバスの乗客も20分ほどの停車時間を利用してつり橋観光へ向かう。私たちは郵便局や民家の軒下を利用して輪行袋を開いて自転車の組み立てを始める。その間バスは運転中止になることもなく無事発車した。案内に熱心な運転手さんのおかげである。 自転車組み立て完了後皆さんで谷瀬の吊り橋を観光。雨具に身を包みいよいよ杉清(すぎせ)に向けて出発である。

雨天時の走行には気をつかう。ブレーキは利きにくく雨具着用で動作も緩慢になる。9キロ走ったところでバス通りから杉清へ向かう道に分岐する川津(かわづ)に到着する。杉清へは残すところ10キロ。依然雨は降り続いている。若干の上り勾配を進むが時間も17時になると谷間の地形では薄暗くなってくる。今日は一人でなくて本当に良かった。五百瀬(いもせ)の集落を過ぎるといよいよ杉清である。ある集落を過ぎるともう人家の気配は無い。先行していたN沼さんと二人で「行き過ぎたようだ」ということで引き返す。ところがS石さんと出会い「まだこの先」とのことである。薄暗くますます深くなってきた谷間を慎重に進んでいくと、木々の中に明かりが見えました。H賀さん宅到着である。

H賀さん宅は道路に面した斜面に建っており玄関は2階(道路レベル)で勝手口は1階(道路から少し階段を下りる)である。H賀さんご夫婦(Y雄さん、I子さん)は私達がなかなか到着しないので心配していたそうである。それぞれ各自の自転車を納め、各自荷物を降ろして部屋に落ち着く。順番に沢の水を薪で焚いた風呂をいただく。自然の恵みを感じる。夕食の宴が始まると奥様手作りの料理が次々に運ばれテーブルに乗り切らないほどである。近くの川で捕れた鮎をいただいたが、まるまる太った鮎で食べ応え十分。そして料理や飲み物は手作りの器でいただく。贅沢この上なし。しばらくするとご近所の辻さんも見え歓談の輪が広がる。時々猫の「小判」君も様子を見にやってくる。静かな山間の中で時の経つのを忘れるひとときでした。

10月10日(日) 朝起きると、当然のことながら昨日の余韻が残っている。外からは沢の水音が聞こえるがまた薄暗い。外へでてみると雲が薄く雨は降っていない。ラッキーである。このまま今日一日持ってくれればと思いながら散歩していると思いがけず雄大な景色が広がる。なんと家から数分でこの景色とは。その景色も雲や空の濃淡が刻一刻と変化する。このまま護摩壇方面へ進みたい衝動にも駆られるがサンダルなので引き返す。帰ってからコーヒーをいただく。窓際のテーブルで杉木立越しに眼下の川や辻さん宅や美田を見下ろしながら優雅にである。今日も贅沢この上ない。朝食も奥様心づくしの炊き込みご飯、おこわである。お吸い物は昨晩辻さん差し入れの松茸。

空はだんだん青空が広がってきた。今日はなんとか降られずにすみそうである。話しは尽きないがお礼の言葉を述べ皆さんで記念写真を撮り9:30出発。今日は距離こそ40キロ弱であるが、途中標高差800mの峠越えがある。昨日通過した川津大橋まで戻り、ここからいよいよ上りとなる。時間は余裕があるので無理することは無い。私は走り3の歩き7と考えていたが、完全に走りきったN沼さんから予定通り3:7で進んだ方までメンバーそれぞれであった。N沼さんには長時間お待たせして申しわけありませんでした。途中H賀さん夫妻の伴走をいただいた。私の忘れ物も届けていただき申し訳ありませんでした。メンバー全員何らかの形で800mの峠越えをこなし今後の自信となったのではないだろうか。最高地点では山また山の眺望が圧巻であった。

ここからは豪快なダウンヒルが待っている。上りと同様にかなりの勾配が連続し慎重なブレーキングを要求された。一人が途中カーブで転倒。しかしあまりスピードがでていなかったため事なきを得た。またパンクが二回。こちらは少し離れた箇所で二台ほぼ同時発生だったためタイムロスは最小限であった。やはり悪路は太いタイヤが賢明と感じた次第である。予定よりは若干遅れたが14:40ホテル昴到着。荷物を各部屋に納めた後、果無(はてなし)地区へ行くか微妙な時間ではあったが行くことに決定。15:10ロビーに集合し出発。結果としては「行ってよかった」というのが全員の感想でした。

今日は最後の晩。ゆっくり風呂に入り夕食をいただき、そして部屋に戻って二次会。とても有意義なお話し合いでした。

10月11日(月)

きょうは晴天。最終日は比較的短い距離で〆、と行くところですが、今回は最終日が最長の56キロを予定している。また本宮大社、速玉(はやたま)神社など見所も多い。ホテル前で記念写真を撮り出発。出発後6キロは上りであるがその後は下り基調。のんびりペダルを回す。しかし国道は交通量が多く少しはしりづらい。七色(なないろ)地区から旧道に入るとまたのんびりモードに戻る。七色地区は斜面を利用した集落が印象的でした。ここを過ぎると十津川村とはお別れ、和歌山県に入る。熊野川も精悍な表情から穏やかな表情にかわってきた。途中道の駅に立ち寄りながら本宮大社に到着。熊野三山の一角である本宮大社。厳かな建物と併せお参りしている方々の真剣さが印象的であった。私も背筋を伸ばしてお参りした。ここからまた国道を進み瀞(どろ)郷めぐりの遊覧船発着場を左手に見ながら日足(ひたり)地区到着。熊野川温泉さつきの食堂で昼食にする。

ゴール新宮駅までは残すところ20キロ。本来ならこのまま国道を進むところではあるが地図上では対岸に好ましいコースがある。しかし地図と実際は時として異なる。今回も若干の心配はあったが対岸(熊野川左岸・三重県側)に渡り下流方面に曲がると案の定「通行止め」の立看板が道を塞いでいる。しかしこんなことではひるまず進む。結果としては◎でした。途中若干の流れた土砂はあったものの自転車にとっては非常に好ましいコース。これが、きれいに整備されたコースであれば「世界遺産」のサイクリングコースと胸を張れるものと思う。反対側の「通行止め」の立看板を通過するとそこにはかなり雄大な滝、「飛雪の瀧」があった。思いがけない見所にしばし休憩。ここからは熊野川のカーブに沿って大きくカーブしながら新宮の町並みに近づく。海が見えたときには感動を覚えた。

再度熊野川を渡り三重県から和歌山県に戻る。渡りきると速玉大社はすぐである。本宮大社と同様背筋を伸ばしてお参りする。新宮駅で最後の記念撮影後、夕食などの調達を行い無事帰路に着いた。若干のハプニングはありましたが、皆様無事帰宅することができた。お疲れ様でした。

今回のサイクリングではH賀夫妻、T様に大変お世話になりました。おかげさまで忘れぬことのできない印象深い旅となりました。参加者一同心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

- O野寺 -

奥熊野サイクリング紀行

2010年10月21日 N久

10月9日(土) 早朝、いつものように、家内に最寄りの保土ヶ谷駅まで送ってもらう。 新幹線、近鉄を乗り継いで奈良県橿原市(近鉄大和八木駅)へ。 ここで、日本で一番距離の長い乗合バスに乗り換え天辻峠へ向かう。 天辻峠は、吉野川と十津川(熊野側)の分水嶺である。 車窓は、「これから奥熊野へ入るぞ」と思わせる道へ分け入る。 「この峠の自転車登坂は無理かも」と思わせながら。

今回もリーダー任せの「のっかり」ランでしたが、 (1) 初めての2泊3日の長旅 (2) 初めての雨中ラン であり、今後のサイクル人生に活かせる収穫の多いランとなりました。

バスの運転手の情報では、 雨量110mmでバス運行中止。現在の雨量106mmとのこと。 雨の怖さを知らない私は、予定通り天辻峠で降りてダウンヒルするものと思っていました。 リーダーのO野寺さんの判断で、天辻峠を通過し、かなり下ったところからのランとなった。雨は小ぶりになっていたが、村の拡声器で村営バスが運行を中止したことを告げていた。この季節、ゴアテックスのレインコートは使えると実感しました。色がモスグリーンなので、もう少し視認性の良い色がよかったかも。

10kmほど下ったあと十津川を離れ、支流の神納川の上流10km先のS石さんの弟さん(H賀さん)の家を目指す。村営バスの折り返し点の杉清(すぎせ)に弟さんの家がある。これより先は冬季通行止めである。 道は急ではあるが上れないことはない、と思ったが最後は降りてしまった。やはり、熊野の川は急である。

H賀さんの家では、奥さんの手料理で歓待された。地場野菜を使ったトラッドな煮込みをはじめ、鮎や、蒟蒻の地元特産品や、トレンドな「食べるラー油」で、テーブル一杯でした。H賀家から神納川に向かって崖を100mほど降りたところのTさんが大きな松茸を持ってきてくださいました。文字通りの歓待で、夜遅くまで話が弾みました。 会話の中に、「YMCCは今後どうあるべきか」というちょっとハードな話題もありました。YMCCもいろいろな過去を持って今があるのだなと感じました。

翌日は、西熊野街道(国道268号線)と並行している林道を走る。アスファルト道ではあるが、800mを11kmで昇る坂道である。事前に、「70%押して30%乗る」と聞いていたのですが、実際には「90%押して10%乗る」昇りでした。 発見しました。私よりK又さんのほうが健脚なことを。S石さんの健脚ぶりは前から知っていましたが。結局一番遅れて峠につきました。全部を乗りきったN沼さんとは1時間遅れでした。

この林道の西側に並行して熊野古道「小辺路」が走っています。「峠を上りきったところで小辺路が見える」とH賀さんに教えてもらったのですが、教えてくださった意味を理解していませんでした。 峠から熊野古道「小辺路」を見たとき、これが熊野だと実感しました。峠の下には深い谷が広がり、その向こうに何重にも山々が折り重なって見えます。谷の向かい側の山中に1本の筋が昇ったり降りたりしながら続いています。山全体が森に覆われているので道そのものが見えるわけではありません。この線が熊野古道「小辺路」です。向かいの山の向こうはまた山です。感激しました。

この峠の下りで濡れた道路の怖さを経験しました。 前日は雨でしたが当日は晴れていました。曲がりくねっていますが道はアスファルトです。 曲がり角の入り口に落石がありました。 伊豆地震の直後、西伊豆の道路を通った時に直径1mくらいの石が道路に転がっていたのを経験しているので、落石とはそんなものと思っていました。熊野の落石はちょっと違って、拳大もしくはそれより小さい岩のかけらが道路にばらまかれている感じです。後で聞くと熊野の岩はもろくボロボロと崩れるとのことでした。 この落石群を避けるためハンドルを切りました。その先に落ち葉の塊があり、落ち葉の下は昨日の雨で練れていました。ハンドルを切っているので自転車は傾きます。下りなのでブレーキングをしています。結果は転倒でした。 交通量の少ない道路でラッキーでした。 ペダルの一部が折れ、ハンドルのテープからディレーラーまで擦り傷がついていました。後で自転車屋さんに見てもらいましたが取り替える必要がないとのことでホッとしました。

この下りでパンクが2件。O湖さん、O野寺さんの手際のよいこと(パンクした自転車はO湖さんやO野寺さんのものではありません)。家に帰ったら練習することにしました。

熊野側(十津川)沿いの国道268号線に戻り、少し下った後、リーダーの判断で右岸の国道を避け、左岸の側道をゆくことになりました。 左は崖、右は水を湛えて悠々と流れる熊野側、交通量が少なく、適度な曲がりのある昇り下りがあり、所々に落石群と落ち葉群のスリルもあり、サイクリングを満喫できました。

私がサイクリングを始めたのは、40年ほど前に行った東京から故郷の富山までのサイクリングを、体力の衰えた今、再度体験したかったからです。今回の2泊3日のサイクリングは、この希望を後押ししてくれるものとなりました。

皆さん、ありがとうございました。

- N久 -

2010年プロジェクト紀伊半島・十津川サイクリング

Y.S石

今回のプロジェクトは山また山の紀伊半島、ど真ん中を走るプラン。 何が見たいか? 何がしたいか? どう走ったか、 まとめておこう。

目的 日本のほかの場所では味わえない『すごい道』を走る。 十津川村の暮らしを見て、聞いて、味わい、そこに住む人と交流する。 加えて熊野古道小辺路を歩いてみて、熊野大社・速玉神社にお参りする。

参加者6名 O野寺、O湖、K又、N沼、N久、S石(敬称略)

9日雨(十津川村 雨量交通規制) 10日晴れ時々曇り 11日快晴

9日大和八木-上野地(バス輪行)上野地から川津川津から杉清五條から国道168号線国道168号線川津-高野線 10日杉清-十津川温泉昴の里昴の里から果無往復高野-川津線、川津-今西線熊野参詣道 小辺路の一部 11日十津川温泉から熊野川町紀和町、紀宝町-新宮国道168号線740号 川沿の古道(熊野川左岸)

宿泊場所

9日杉清 H賀様宅 10日十津川温泉 ホテル昴

上野地から川津の168号線は、雨量規制がかかり、ダンプカーは1台だけであった。 少雨だったが、カーブの道幅も広く下りが気持ちよく楽に走れた。

川津-高野線。杉清へは全体的に上り勾配なのだが、橋を渡る度に下り、また登り返すという、アップダウンのある道。車はほとんど来ない。 日暮れに差し掛かり、雨降り。しかも高い杉の木立が薄暗く、見通しが利かない寂しい道。 いつ到着するのか解らず不安で、初めての人には少しつらかったかもしれない。 見所は五百瀬の政所。ここから先は上るのみ。最後の坂がきつい。

10日の朝、高野-川津線 宅急便や郵便局など生活のにおいのする車に出会う。 奥里からの帰りのTさんの奥さんの車が止まり、道端で挨拶。松茸のお礼を言う。

川津-今西線 11kmで800mの上り、峠からは12kmで900m下るという豪快な道。 道幅は広い。 とても上り全部乗り通すことはできずに歩いた。歩いてもくたびれるのだが、気力が失せて歩いている状況。 というわけで、腹が減ってはなんとやら・・途中でおにぎりをほうばる。 (こんなことなら、茗荷のおにぎりもう一個戴いてくるんだったナ) 長い距離なのに車は軽自動車3台位しか出会わない。安心してジグザグ走行可の道。

下りは急勾配に加えて、カーブの連続、ブレーキ操作を誤らないように慎重に走る。 勾配がきつい上、曲がるとすぐに先の見えないカーブが来る。 まるで勾配とカーブとに格闘している感じだった。サイクリングも格闘技か? 『下りはご褒美』なんて世界ではなかった。 二人パンク。先端の尖った石が道に散乱していた。

ホテル昴から果無までは徒歩。近道の吊り橋を渡っていく。45分。1.3kmくらい。 古道は、石畳に苔生して歩きにくい、勾配のきつい、山登りの道(800m)である。 標高は 果無集落 400m、 ホテル昴 160m。 帰りは果無集落からの車道を歩く。

昴の里から168号線は道幅も狭く、車の往来もあって、一番神経を使った。 二津野バス停までは上り。その後は快適な下り、十二滝を過ぎてすぐに旧道に入る。 旧道に入ると、車はいなくなり、吊り橋、七色集落など景色もよく軽快に走れた。

熊野川町の「さつき」で昼食。

日足から三重県紀和町に入る。落石の交通規制あり。 前々日に大雨が降った三重県側は道路に小さな落石がたびたび見られた。 土砂と石が泥水と一緒に流れてきたのではないか、思うようなところもあった。 そういうところは自転車を降りて、通った。 しかし、熊野川の左岸を走る旧道だけあって、林の中を通り抜けるような道かと思うと、右手に緑色の熊野川が見え隠れして、さらに川幅が広くなって行くのがわかったり、とても情緒のある道だった。村落は小さかった。 途中紀州犬と会う。

熊野の山並み 杉清の朝の散歩で。山に霧が立ち昇り、はるか下には神納川。瞬時も同じではなく姿を変える。 見飽きることはない。

川津-今西線の峠は標高1100mあり、見晴らしが良い。吉野までの大峯奥駈道が続く山並みが見渡せる。 右手から涅槃岳、地蔵岳、天狗岳、大日岳、釈迦ケ岳、仏生ケ岳、と行者が歩く山並みなのだろう。悔しいかな山座同定できない。 この峠から小辺路の三浦峠へと続く道があり、そこからは標高1000mを歩く小辺路が山肌を巻いているのが見える。

果無集落からは行仙岳や三浦峠方面、そして護摩壇山方面の山々の重なりが五重六重にも見える。その色合いは緑、濃いブルー、薄いブルー、とグラディションになって最後はグレーに。人の気配を感じさせないから清清しい。 神が御座ると言われれば、そうかなと思わせられるような山々を見た。

交流 Y雄さんI子さんに歓待してもらって、十津川の自給自足に近い暮らしを見せてもらった。

出されたご馳走は天然鮎の塩焼き(一人2匹以上食べた)松茸のお吸い物、栗おこわ、芋茎の酢のもの、自家製こんにゃくの刺身、畑で取れたジャガイモのお煮しめ(これは味付けがとても良く、好評) お手製の器にたっぷりと出てきて、感激。 締めはおはぎ、甘さがちょうど良く味付けが洗練されていると思った。 皆さんすごい勢いで呑み、食す。

下の家のTさんが松茸持参で参加。十津川の言葉を充分聞く、通訳はI子さん。 マムシや鹿討ち、鮎取りの話に男性陣は感心しきり。 政治の話も生活に密着してる感じで勢いが違う。 谷川から引いた水で薪の風呂を味わう。水が濁っていてビックリしたのではないだろうか?

果無では尾根集落の家の方に話を聞く。 どうして、石畳の道なのか?というO湖さんの質問の答えが意外だった。 このあたりは地面を掘り起こすと、尖って割れた石がごろごろ出てくる。 道を作っているときに出た石を敷いたのだろう、雨で土が流れるのも防げるし、ということだった。

世界遺産の小辺路、果無。 いま時貴重な暮らしに我々が見失った大切なものが隠されているように思えた。 場所も住んでる人も素敵だった。

熊野大社・速玉神社 熊野古道を歩いて参った人には、大社は軽々しくは拝めない。 苦労して参ったほうがご利益はあると、誰しも思うもの。 大社も速玉神社もお参りする人は真剣でした。

自転車 今回はワタナベのランドナーで行った。勿論泥除け付き。 初日が雨降りで、初めて泥除けの素晴らしさを体験。ペダルを踏む足に撥ねが飛んでこない。 後ろの人にも迷惑をかけていないはず。嬉しかった。 上りに強いようなギア比にしたが、体力不足。8%の上り3時間を乗り通すことはできなかった。 上りのリズムを掴まないうちに歩いてしまったのが良くなかったのかもしれない。

ドロップハンドルのブレーキが遠くて(手が小さい)急激な下り坂では、ブレーキ操作に苦労した。 手首の角度が90度近くになって、痺れが起きた。 O湖さんに下ハンが地面と平行になるように改善してもらう。 上り勾配向きの角度だったようだ。

心配した輪行はO野寺さんのおかげで場所を確保できたり、時間に余裕があったり、手助けして頂いて、きちんと組み立てられたし、収納もできた。 新幹線の乗換えでは、担いで階段を走って上った。 小さくまとまる輪行袋を作ってよかった。

次回は高野山に一泊して高野龍神スカイライン-護摩壇-杉清-風屋-笹の滝。 これが私の夢。

雨(十津川村 雨量交通規制)

10日

晴れ時々曇り

11日

大和八木-上野地(バス輪行)上野地から川津川津から杉清

五條から国道168号線国道168号線川津-高野線

10日

杉清-十津川温泉昴の里昴の里から果無往復

高野-川津線、川津-今西線熊野参詣道 小辺路の一部

11日

十津川温泉から熊野川町紀和町、紀宝町-新宮

国道168号線740号 川沿の古道(熊野川左岸)

杉清 H賀様宅

10日

十津川温泉 ホテル昴

- S石 -

2010年プロジェクト紀伊半島・十津川村サイクリング

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